2012年04月01日

大感動!『野菊の如き君なりき』  当たり前の「風景」は消えてしまった

3月21日、第4回いきいきの里映画上映会を開催。

木下恵介監督、伊藤左千夫原作の『野菊の如き君なりき』(昭和30年松竹).。
大勢のお年寄りが涙で感動していました。これはやってよかった。

上映に協力してくれた、『小夏の映画会』を主宰する田辺浩三さんによると「木下監督は、この映画の後、もう日本の消えた農村風景では、まがい物の映画は撮れても、それは嘘。私にはもう撮れない。」と、昭和30年のこの作品について語っていたとのこと。

原作の舞台は江戸川周辺ですが、監督は自然描写を考え、舞台を信州におきかえ撮っています。原作の時代背景は明治の日清戦争後、明治30年前後でしょう。
昭和30年には、まだ、「明治」をイメージできる農村風景が、残っていたのでしょう。
この後の日本は「高度経済成長路線」を突っ走ります。

高度経済成長は昭和30年代後半からですが、昭和30年から35年頃までは、「もはや戦後ではない」と言われ、日本の社会構造が大きく変わっていく「助走」期間だったように思います。

昭和28年生まれの、この僕でも、小学に入る前の「原風景」として、まだ、近所には田んぼや畑、下知の池、葦の茂げる沼地、バッタが飛びまわっていた空き地、荷馬車、肥溜め、バラック住宅、共同便所、缶けりをした路地・・・・・が記憶されています。

あの頃はどこにも「3丁目の夕日」が輝いていた・・・・。

その景観が急激に失われていったのは、小学に入ってからだったと思います。
映画「野菊の如き君なりき」は、ストーリーとして、平凡ですが、当たり前の風景として撮られた自然描写は、懐かしく、素晴らしい。今の信州でも、もう撮れない「記録」的な価値があります。

電柱、アンテナ、舗装道路を避けて、山や田畑は撮れるかもしれませんが、かやぶき農家、白壁の土蔵、庭の様子や農具、百姓のしぐさなどは、まず撮れないでしょう。どこかの「街並み保護区」を使っても、「セット」的な「作られた風景」になり、風景に自然に溶け込む、役者の動きとはならないでしょう。どこか、アンバランスを免れない。

そう、この映画の残した「当たり前の風景」は、完全に「幻」かもしれません。

写真は第4回映画会

P1020316_R.JPG

P1020325_R.JPG

P1020337_R.JPG
posted by うんちくウメッチ at 21:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。