2012年01月06日

「死者は生者を煩わせず」とは、なかなかいきません

8日は父の五十日祭と埋葬祭、準備で大忙し。長女は東京から信州に来て、合流、次男は京都で拾ってもらって、3日、家内ら3人が帰ってきました。1月8日には、家に親族が集まり、その日のうちに、五台山の墓に納骨します。

墓地は、名刹竹林寺のすぐ近く、家から車で10分たらず。前は浦戸湾の絶景、春には「花見」ができます。墓地だけはここでよかった。家は地震、津波、水没の心配がありますが、
墓だけは、ここにいれば、安心?

県立公園となった五台山の墓地は今では、なかなか譲ってもらえませんが、昔は仏教でも、檀家でもない神道のわが家でも譲ってくれたようです。戦後、高知市の教育委員だった海老塚和尚の頃だと聞いています。和尚に直接、相談したら、あっさり承諾してくれたと、亡き父から聞きました。

五十日祭、納骨が済めば、ひと段落。しかし、「死者は生者を煩わせず」とは、なかなかいきません。
「ジミ婚」はあっても「ジミ葬」は、親戚,縁者の考えもあり、なかなか難しい。最近は土佐でも、葬式の考え方が多様化し、昔のしきたりにはこだわらないやり方も増えています。
ただ、父は、何事でも、「派手」なことは好きではありませんでしたので、葬式は、そのことを考え、できるだけ、質素にやろうと努めました。

それでも、けっこうな費用、「婚」は簡略化しても「葬」は、しないというわけにはいきません。お金のことは言いたくありませんが、新聞に死亡広告、会葬御礼を載せるだけで30万円少し、総費用は、まあ、上等の「新車」が買える金額。これを、どう考えるかは、ひとつの「思想」でしょう。

父の義弟、I叔父が亡くなった時、家族や僕たち数名で執り行いましたが、これは良かった。家内と「こんなお葬式がいいね」と感動したものです。

I叔父は「五台山の先祖の墓より、海か空に灰はまいてくれ」と、生前、よく冗談っぽく言っていましたが、奥さん、家族が、こうした「ひっそり」、「家族愛」に満ちた葬式を行ったのには感心しました。ただ、骨は五台山に埋葬しましたが、僕も死んだらこれでいいです。

もっとも、僕は、55才で早期退職した時、すぐに、「U原の退職を寿ぎ、鞭打つ会!」を30人ぐらいで、かまえて貰っています。その時「これは僕の生前葬みたいなものです」と、挨拶していますので、もう、葬式は不要、 今度、父が入る所に入れてもらったらいいです。

理想は、「死者は生者を煩わせず」といきたいものです。



posted by うんちくウメッチ at 21:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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