2011年10月01日

「明治」は悲しい時代です


「土陽新聞」明治41年(1908)1月1日 お正月の紙面
得月楼本店ほか
芸妓ノ部
春 小妻 喜蝶 花松 千代香 三ツ龍 駒春 駒助 ・・・・・・
娼妓ノ部
夕霧 喜孝 思君 文之助 遊蝶 葵 若千代 品子・・・・
その他の遊郭として
春日楼 大花楼 玉島楼 桃園楼 松月楼・・・・

新年の紙面の半分を使って、高知の遊郭の名前と、芸妓と娼妓の名(源氏名)の一覧
得月楼グループだけで芸妓66名、娼妓25名
お正月の特別紙面に堂々と、遊郭とお女郎さんの名前が載る、それも「地方名士」と同じ紙面。
こんなことが当たり前の時代だったようです、今では考えられません。

先日、勤め先の施設で観た『たけくらべ』(樋口一葉原作 五所平之助監督)には感動しましたが、主人公美登利(美空ひばり)や姉たち(岸恵子ほか)がお女郎さんや妾になっていく姿に、ちょっと得も言われぬ「悲しみ」を感じてしまいましたが、そんなことが特別珍しいことではなく、至極「当たり前」だったのが、「明治」の時代です。
こうした「風俗」や「文化」は戦後生まれの、もう60歳に手が届こうとする僕たちなど、「文学」や「映画」でしか知り得ない世界です。

ずっと続けている「高知市史 近代編 年表作り」の作業で、当時の「土陽新聞」のコピーをめくり、マーキング作業に取り組んでいますが、「老眼」が進みながら、紙面のこんな「広告」から歴史を学んでいます。

それにしても「明治」は悲しい時代です。


写真は『土陽新聞』明治41年1月1日紙面
得月楼や遊郭の新年広告


P1010642_R.JPG

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posted by うんちくウメッチ at 20:23| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
貴重な史料ですね!
遊郭や赤線に興味があり調べている者です。
高知出身ですので,玉水町には特に関心があるのですが,古い新聞にはこれ以外にも玉水など新地関係の広告がよくあるのでしょうか?
Posted by dai at 2014年03月06日 18:54
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