2011年04月20日

「宮澤賢治詩集と聖書がいい」   もろさわようこさんが帰ってきました


4月13日、沖縄から、僕の勤める「いきいきの里」に、もろさわようこさんが帰ってきました。

もろさわさんは東京の家を処分し、生まれ故郷の長野県佐久市望月に「歴史を拓くはじめの家」、沖縄県南城市玉城に「歴史を拓くはじめの家うちなぁ」、高知市長浜に「歴史を拓くよみがえりの家」を地域の「おんな」たちと運営し、この3つを拠点に活動していますが、もうひとつ、僕の勤める「いきいきの里」に部屋を借りています。

住民票も高知市に移し、今は「高知市民」、今度の市議会選挙にも投票権があります。
今回は27日まで滞在し、主に、部屋の片づけや、模様替えをしています。合間には共同通信による2日間の取材もありました。

僕も家具の据え付けや、本棚の整理を手伝いました。本棚は、必要な資料と、自分の著作のみ。いたってシンプルです。
また、部屋にはテレビを置かず、ラジオ派。「くだらないテレビで時間をつぶすと、書く時間が無くなります。テレビは食堂でニュースを見るだけでいい」、また、壁には「興福寺阿修羅像」はじめ、諸仏の写真を額装し、執筆しやすい部屋づくりに取り組みました。「この仏像を見ていると落ち着く」とのこと。

一緒に作業をしながら「もろさわさん、もし、今回の震災のように、すべてを失う事があったとしたら、その時、先生は数冊の本だけ持てるとしたら、どんな本ですか?」と質問しますと、「私はその時は宮澤賢治の詩集と、聖書です」との答えが返ってきました。

この答えには「うーん、なるほど」という気持ちもします。
一緒に作業をしながら、こんな話が聞けるのは楽しい。

もろさわさんは27日まで、高知に滞在。暑い間は信州の帰り、今度は秋に来るようです。


最新作「沖縄おんな紀行 光と影」影書房刊 2010,12

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2011年04月14日

詩人校長の退職


昨年5月、劇団「北辰旅団の『大逆百年ノ孤独』公演を一緒に手伝った、島村三津夫さん(3月末 吉良川中校長で退職)から、『島村三津夫 第三詩集 蛇 』が届きました。

『大逆 百年ノ孤独』の上演は、もともと、作者の北野さんを知っていた島村さんが、「高知市でやるので、顔の広い、ウメちゃんに手伝ってほしい」と言ってきたことから始まりました。
結果的に高知市での上演が成功し、一回だけの上演ではおしいということで、この1月、「刑死百年」、秋水生誕地、土佐の中村での公演が実現しました。この演劇実現の功労者は島村さんです。

島村さんは室戸市三津の生まれ、大学卒業後、半年もユーラシアをさまよって、その後、教師になった「変わり種」。風貌は「漁協の組合長」みたいで、およそ、この人が詩を書いているなどとは、想像できません。どこから、あんなやさしいまなざしが出てくるのか?

社会科教師として、高知県東部で教師を続けましたし、馬路村にいる時は中江兆民が歩いて馬路村に入った紀行文をもとに、生徒たちと自転車で踏破。
馬路の「村おこし」の取り組みを中学社会科教科書に載せることにも力を貸してくれました。

また、作家、小田実とは「同志」で、家族ぐるみの交流でしたし、2人の結びつきは、かつて、高知新聞にも連載されました。
詩集に寄せられた手紙では6月からシベリアをカムチャッカまで行き、その後、バム鉄道でヨーロッパに入り、アフリカ、中近東と、残した旅を完成するようです。

カード          島村 三津夫

ふと訪れた母校の図書館で
「風と共に去りぬ」の読書カードに
私の名前が記されてあった
昭和四十年九月十二日
あれから三十余年

私がこの長編小説を
わくわくしながら
読み耽っている間に
みんなどこかへ行ってしまった

野球でバッテリーを組んだ
最愛の友は大阪で行方知れず
家計が苦しかったTは
十八歳の若さで自死した

私は本を返すから
みんなあの日に戻ってこないか
秋風と共に戻ってこないか


写真は『島村三津夫 第三詩集 蛇 』
(2011,3刊 ふたば工房)


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posted by うんちくウメッチ at 20:50| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月13日

車の運転には慣れてきましたが・・・・適正検査結果は正しい!


3月17日に「車」が届き、早速、乗り回しています。
なにせ、57歳で生まれて初めて「免許」を取りましたので、若い者とは違います。
ここはとにかく、乗り慣れて、「フツー」のドライバーにならんといかんと、毎日に通勤に使っていますし、仕事で病院に入居者を運んだり、お見舞いに行ったり、あらゆる場面で「車」を使うようがんばっています。

一番難しいのは「車庫入れ」「駐車」、これだけは、まだ、神経を使いますし、できるだけ、入れやすい駐車スペースを探して入れています。
今までは自転車だけでしたので、守る規則は信号の「赤、黄、青」だけ。車線変更も一方通行、駐禁もなく、信号の三色以外は「天下御免」でやってきましたので、「車」は本当にややこしい。

それにしても、世の中は「規則」どおりにはいかないようですね。「自動車学校」で習った「法規」を守って走っているドライバーは少ない。「初心者」からみると、これはほんとうに怖い。指示なしの車線変更、右左折での徐行無し、割り込み・・・・
以前から、土佐のドライバーのモラルの低さがよく言われてきましたが、本当に、いいかげんな運転が目につきます。「初心者」は、こうしたいいかげんさを見ると、「それでいいんだ」と、勝手な解釈をしてしまいはしないか、心配です。

僕は自動車学校の適正検査では、「動作の速さ」は10満点中の10点。しかし、「動作の正確さ」は5点。先生いわく、「速さの10点満点は55歳以上の教習生では,あまりいません。正確さの5点と総合的に判断しますので、U原さんは雑で、おおまか。危険にブレーキで対処するより、ハンドル操作で回避しようとする危険性があります。乗り出したら、この点に気をつけて下さい。一番いいのは、スピードを出し過ぎないことです」と、みごとに、自分の欠点を指摘されました。
性格は変わりませんので、この検査の結果は、100%、僕には当たっています。また、「あわて」で「イラレ」で「おっちょこちょい」。これも加えると「事故を起こしやすいタイプ」。こういう結果が出ることはわかっていましたので、とにかく「慎重」に走るしかありません。

4月9日、3か月入院した父が退院しました。元気になったとはいえ、足腰の弱さから、もう「車」に乗ることはないでしょう。
「スバル360」から乗り始めた、父のドライバー歴もこれで、おしまい。
これからは息子の「57歳初免許」、この「オンチャンドライバー」に選手交代です。
posted by うんちくウメッチ at 19:40| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月06日

「想像を絶する風景 本気で移転を考える方がよい」 被災地に入った姉から電話

4月2日より、市役所に勤めている姉が、宮城県の登米(とめ)市に救援で入っています。姉は市役所勤務の看護士、保健婦であり、普段は市役所の医務室で職員の健康管理の仕事についています。今回、1週間の予定で被災地に行き、避難所生活のつづく被災者の健康管理をやっているようです。

昨夜、姉より、こちらに電話があり、現地の様子を聞かしてくれました。

「まるで、原爆や空襲にあった跡のよう。何もかも不足している。被災者たちも疲れきっている。」
姉の滞在する登米市は津波の被害はない内陸部ですが、前に書いたS校長のいる近く。地震の被害そのものも、桁違いに大きいそう。

海岸部の津波の様子も聞いたようで、「もう、高知のあなたの住む地域は、次の南海大震災を考えたら、まず助からないと思った」とのこと。
「本気で若松町を出て、別の場所に住むことがよい。私も育った土地なので、愛着はあるけれど、そんなことは言ってはおれない。そのことがよくわかった。おじいちゃん(父)がまだ元気なうちに、若松町から出ることを本気で考えて」との電話でした。

生きているうちにやって来てもおかしくない「南海大震災」。今回の「東日本大震災」級の「津波」が来れば、高知市の半分以上は破壊、水没し、海岸部は「津波」に根こそぎ持っていかれることが分かりましたし、浦戸湾の最奥に位置する若松町周辺も「津波」の直撃にさらされることが間違いないことがはっきりしました。

浦戸湾に入った「津波」のエネルギーが最奥の若松町周辺では、そうとう弱まると考えたこともありましたが、今回の「津波」の破壊力は、そうした「仮想」がなんの根拠もないものであることを証明しました。防ぎきれない自然のエネルギーに対し、本気でどうするか、考えねばならない時期を迎えたようです。

1、 このままこの地域に住み続ける 
2、 別の場所への移転

簡単に整理すると、この2つのどちらかでしょう。住み続けるとしても、避難所となる高層の建物(5階以上)も、多くはないし、距離も離れています。青柳橋を渡って五台山へ逃げ込むにも、地震で青柳橋が壊れていたら、不可能。津波襲来までの時間が短かったら、まず無理ですし、今回の津波でも、車は渋滞して、逃げ遅れています。

㈰ 地震の直接の揺れによる被害(全壊 半壊)
㈪ 地震による火災の被害(全焼 類焼)
㈫ 地盤沈下 水没 (液状化 道路陥没 堤防決壊による浸水 海抜0以下の低地のため、水没しても、水は引かない )
㈬ 津波による被害

まあ、道路で言えば、いつ落ちてくるかわからない石の下を毎日、通っているようなもの。
「それでも通りたければ、ご自分の責任でどうぞ」とでもいえる危険地帯でしょう。

生死の全てを、時の運に任せざるを得ない「死」と背中合わせの今後であることは変わりません。本気でどうするか、考えねばならない時期に来たようです。

posted by うんちくウメッチ at 20:11| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月05日

読書日録

今年は正月過ぎに、父が入院(今月中には退院)。僕も自動車学校に通い、3月には
免許習得、自動車購入と、少し嬉しいこともありましたが、あの「大震災」以後、落
ち着いて過ごすことも出来ず、充分な読書ができないまま、春を迎えました。



「関東大震災」は、その後の歴史に大きな影響を与えましたが、今回の「東日本大震
災」も、これからの、この国の行く末に大きく作用することは間違いありません。



朝鮮人虐殺(殺された人々、6千人以上。この数字は阪神大震災の死者と同じ。虐殺
がこれだけのものであったことを、知る人は少ない)、「帝都復興」、「大正の終
焉」「世界恐慌」「満州事変」「国際連盟脱退」「日中戦争」・・・・大きな災難の
後、この国が良くなったことはありません。今回の「震災」が、その後の不幸の始ま
りとならないよう、今後、主権者である国民の賢明な選択にかかっています。



オークションでジュリアン・グリーンを手に入れました。

フランスのカトリック作家。遠藤周作を通じて、グレアム・グリーン(イギリス)を
知り、また、ジュリアン・グリーンを知りました。よく知られているのはグレアムの
方。今でもハヤカワで代表作が文庫で読めますが(新潮文庫の『権力と栄光』『情事
の終わり』はまだある?)、ジュリアンの方は新本では読めない作家です。



『アシジの聖フランチェスコ』『終末を前にして グリーンは語る』(共に人文書
院)、まだ読了していませんが、初めてジュリアン挑戦です。



『わたしの戦後出版史』(松本昌次著 トランスビュー 2008年)。未来社の編
集者、のち社長。



この人が編集した丸山真男の『現代政治の思想と行動』は戦後の名著ですが、学生時
代に読んだ、そのなかの「超国家主義の論理と心理」は強烈でした。日本のファシズ
ム、戦後責任を考える時、この論文は今でも「必読文献」でしょう。丸山死後の、ど
こにも書かれていなかったエピソードもいい。埴谷雄高、花田清輝、武田泰淳、木下
順二、井上光晴、上野英信・・・・好きな作家の「出版裏事情」は本好きにはたまり
ません。



『先師先人』(竹之内静雄 講談社文芸文庫1992年)市内のI古書店で購入。



竹之内さん(元筑摩書房社長)の『先師先哲』(中央公論社)には、小島祐馬先生(2
010年11月19日付ブログ)のことが書かれていますが、『先師先人』は知りま
せんでした。



田辺元が、師西田幾多郎に「喧嘩」のようにかみつく論争。まだ若かった吉川幸次郎
講師に習った「支那哲学史」の授業、中国人でさえ舌を巻く吉川の語学力と学識。吉
川が退官にあたって、自分をつぐものとして期待した高橋和巳に対する想いと、高橋
の無念・・・



モンテーニュの研究者、落合太郎の秘められた過去、学者として立つまでに、「他
人」の黒岩涙香の財産を放蕩で蕩尽しつくしたことを知りました。

安芸市に残る涙香の遺品が、たった、トランク1個であった事情が、このことにあっ
たのか。

当事者と接した著者が書いたものは微に入り細に入り、面白い。このことが明るみに
出されたからと言って落合が否定されるわけではありませんし、著者は「哀情」を
持って、落合を見ています。



こうした「事件」を経て、落合と黒岩はどうだったのか、著者は筆を進めていませ
ん。

私たちは、そこから推測するしかありません。



一番おもしろかったのは三好達治の奔放無頼さ。しかし、その「擬態」の裏に官費の
陸士を中退して、文学に走ったことがどれだけの「苦悩」であったか、竹之内さんは
よく、とらえています。
未来社、筑摩書房で2人とも、のちに社長。いい本を出す「本屋」の実力を思わされ
ました。


また、4月より引き続き、『高知市史』近代編の年表作りのため、戦前の高知の新聞
をめくっています。今回は昭和7年分から。新聞をたんねんに眺めていますと、その
当時の国際、国内、地方(高知)の政治や世相など、一冊の「本」では得られない俯
瞰,鳥瞰の「歴史」に触れる面白さがあります。


写真は職場の前、朝倉「ゆるぎ岩」の桜、満開です。


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posted by うんちくウメッチ at 21:12| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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