2010年10月31日

新小岩「文久堂」さん、健在でした

 いつも土佐のことばかりでは、僕も疲れてきます。たまには、お江戸のことでも。

 5月に従妹の結婚式があり、3年ぶりに行ってきました。

どうしてもこの目で見たかったのが、昔の住みか。学生時代の6年間、住み続けた葛
飾区新小岩4丁目のアパート。2階建て、8部屋、各室4畳半、小さな流し、一口ガスコ
ンロ、玄関には赤デンワ(1階のひまな住人が取り次いでいました。のどかだったな
あ)、そして共同便所(なんと、大東京のはずれ、新小岩のここは、まだ下水道が不
備で、「ポットン便所」。土佐の田舎でも水洗でしたのに、一挙に昭和30年代に逆戻
り、これには驚きました)。

あのアパートの作りは、今や「昭和」を感じさせる文化遺産かもしれません。早く
一軒丸ごと保存しないと、消えてしまいます。ご多分にもれず、わが下宿は、とうと
う消えておりました。跡にはこぎれいな、今風のアパートが建っており、近所の大家
さんの家も無くなっていましたので、もう、ここにはいないのかなあと、さびしく
帰ってきました。まるで「失われた下宿を求めて」でした。

 なつかしい、新小岩駅前。アーケードを歩きながら、うれしかったのが、30数年
前から通った古書店「文久堂」さん、ありました。これは感激。お店の方も歳は取り
ましたが、お元気でした。土佐の田舎から青雲の志(?)をいだいて上京。住んだこ
の街で出会ったのが、この「文久堂」さん。

 あの当時から、堅い本と柔らかめも交えて、面白い品揃えでした。目の前の棚には
マルクス、目の下には「奇譚クラブ」。
マルクス先生いわく「下部は上部を規定する」と申しておりますが、まさしく下部
(へその下)と上部(へその上のアタマ)の関係は複雑でした。「今日はどっちを
買って帰ろうか」、悩んだものです。

 多くの書店や古本屋が消えていくのは寂しいものですが、30数年ぶりに訪ねた「文
久堂」さんがあったことには驚きでした。「もうとっくになくなっている」(失礼)
と決めつけて歩いたアーケード脇の小道に、そのお店を見つけた時は、涙が出るほど
うれしかった。

帰って、残してある「購入ノート」を見ると、僕は1977年8月16日、ここで
「松永伍一著作集」全6巻を1万1500円で買っていました。今では高知で手に入
れた松永さんの「日本農民詩史」全5巻と書棚に並んでいます。残念なことに、著者
の松永伍一さんは2年前、亡くなってしまいました。

 親友のT野店主が、ネット書店などという、とんでもない第2の人生を歩み出し
て、強引に「お前も協力しろ」ということで、こんなブログを書いていますが、やっ
ぱり、「ふるほんや」はお店でじかに、人と人とのぬくもりを感じる(柔らかめを買
う時は別ですが・・・)、そんな繋がりを大事にしたいものですね。

そしていくらネットの顔の見えない商売であっても、ブログやつぶやきで人と人が繋が
る、どんな店主だろうと想像する、そんなことがやっぱり大事やし、僕は好きやなあ
と、あらためて思わせられる、東京への旅でした。


追伸 いよいよ、明日、11月1日より、仕事につきます。素浪人1年半。楽しかっ
たです。これからは、そうそう、このブログにも書けなくなるでしよう。でも、店主
との約束、1週間に1本はあげたいと思います。


(写真は新小岩「文久堂」さん 2010、5月撮影)

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posted by うんちくウメッチ at 23:59| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月30日

大きな図書館はいりません 

日本一、「本を読まない」「本が売れない」(おそらく)、わが土佐で、けっこう
話題となっているのは、県と高知市の図書館を合築して、新しい大きな図書館を作る
という計画です。
 高知市の図書館は、「市民図書館」の愛称で、ずっとがんばってきました。玄関前
には写真のように「市民の図書館」という碑もあるように、「市立」とはせず、あく
まで「市民」。「の」が入るのが、また、いい。入り易く、親しみを感じる、そんな
イメージで、僕など利用してきました。
 また、市民図書館には、土佐の碩学、平尾道雄先生や多くの地元の研究者の力作を
出版するなど、全国から注目されてきた歴史があります。今では平尾さんの「土佐藩
郷士記録」など、土佐藩ものは、すごい古書値が付いています。昭和20年代から、地
方図書館として、中央で評価される出版事業に取り組んだところは、そう多くはあり
ません。
 一方、お城のすぐ下にある県立図書館は歴史も古く、郷土の史料や文献をたくさん
持つ、ちょっとアカデミックなイメージでした。僕など、市民図書館に無いものは、
県立で探すという使いわけをしたものです。また、県立には土佐史談会の事務局もあ
り、そこには平尾先生や郷土史の大家がいつも詰め、そこに行けばすべてわかる、そ
んな役割もありました。卒論を仕上げる時、土佐藩独特の永小作制度について、平尾
先生に聞くと、知らないことはないくらい、文献や史料について、教えて下さったも
のです。全国に聞こえた、幕末維新史の巨人であったと思います。
 今回の合築が、今後どうなっていくか、まだ青写真は示されていませんが、市内中
心部の追手前小学校を廃校とし、その跡地に市と県の図書館を建てるということまで
は決まりました。
これからは、同じ建物の中に市、県2つの図書館をすみ分けて入れる、または、まと
める等、今日から始まる検討委員会で話し合いながら、細かいプランが決まるようで
す。
 図書館について関心をもってきた県民は、担っきた役割の異なる2つの図書館をひ
とまとめにすることには問題が多いと考えています。一方、県、市のお役所の方は、
この財政難の中、効率と経費削減(まとめることで安くなった建築費を、司書の増員
などにまわせるとアピールしています)を言っています。
 僕など、確かに、2つの図書館が手狭で、なんとかしなくてはいけない時期には来
ていると思いますが、高知県は「大きな田舎」、海あり、山あり、まだ小さい図書館
すら無い町村もあります。県都高知市(県人口78万のうち、34万人が集中)にば
かり、大きな「箱モノ」を作ることよりも、もっとコンパクトな図書館を全市町村に
作り(高知市は市内にある分館を充実して)、大きな県や市がその中心となり、ネッ
トワーク化して、サービスすることに知恵を出す方が、「日本一本を読まない」(強
調!)わが土佐では大事じゃなかろうかと、ひそかに思っています。「読まない」こ
とを問題とせず、大きな箱を作っても、結局、宝の持ち腐りになるんじゃなかろうか
と心配します。大きな箱は作ったけれど、利用は一部の人だけとならないよう、もっ
と、本を読まない県民が、図書館に足を運ぶ、そんな仕掛けが必要でしょう。
 親は酒とパチンコ、競輪、競馬(店主のTよ。ごめんね)・・・そんな県民性が、
全国学力テスト、いつもピりから2番目(指定席)の結果を生み出していることに気
づくべきでしょう。文化は長い時間をかけねば育ちません。土佐の「酒文化」と「お
もてなし好き」の県民性も、これまた、長い時間と歴史が作ってきたものです。
 
(写真は「市民の図書館」碑 市民図書館正面横)

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posted by うんちくウメッチ at 11:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月28日

「龍馬出ん」が始まりました

 その昔、「大阪で太閤さんのことを悪う言うたら、店を叩き出されるぞ」とか「熊
本では清正公のことをくさしたら,大ごと」とか、その地で大事にされる人物を嫌い
とか,悪く言うのはご法度と言われたものです。だんだん坂本龍馬もそのようになりつ
つあります。これではいきません。歴史を固定的な価値観で見ては面白くありません
よね。
 わが土佐、今年は大河ドラマ「龍馬伝」で、なんとか稼いでいますが、もうひと月
でドラマも終わり。「もういつまでも龍馬じゃないぜよ」と言いたいところですが、
お役所は龍馬で稼げるだけ、稼ぎたいらしく、なんと、来年からは高知駅前にあのド
ラマで使った龍馬の生家のセットを○千万円で譲り受け(移設費用)、今度はそれで
稼ぐとのこと。龍馬の生家「才谷屋」は豪商でしたが、正確な屋敷図面など残って無
く、ドラマのセットは史実を欠いた想像の産物にすぎません。こんなセットを見せ
て、しょうこりもなく稼ぐとは。「おまんらあ、えいかげんにしいよ」と龍馬も思っ
ていることでしょう。恥ずかしくてもう言葉もありません。
 そんなお上の施策を笑い飛ばすかのように、今、県内の漫画グループが、あえて龍
馬を登場させない『龍馬出ん(「出ん」は土佐弁で出ないという意味)』を開催中。これ
は賛成。漫画が毒を失ったら、もう漫画ではありません。現実そのものが漫画ですも
の。
 また、近々、老舗の「I文庫」に明治時代、最初に書かれたといわれる龍馬伝、坂
崎紫爛の「汗血千里ノ駒」が入るとのこと。これも驚き。今回のドラマは岩崎弥太郎
と龍馬の虚実を交えたストーリーにしていますが、ドラマの冒頭、成功した大三菱の
弥太郎から龍馬のことを聞き出す坂崎も登場しています。おそらくドラマで坂崎が取
り上げられるのは初めてでしょう。とうとうあのI文庫にも入ったかという、なんと
も複雑な気持ちです。
 坂崎は龍馬伝の執筆で有名ですが、自由民権運動を広めるため「馬鹿林鈍翁」と名
乗り、民権一座を組み、全国を回ったことも、もっと評価されてもいい人物です。
 また、面白いことに、大三菱の創始者岩崎弥太郎の生家(高知県安芸市)のすぐ近
くには「まむしの周六」こと、黒岩涙香の家も残っています(これは知られていませ
ん)。片や、政商、後の大財閥。片や「万潮報」で徹底的に金権腐敗を攻撃し「まむ
し」のごとく食らいついて離さなかった反骨のジャーナリスト。
 涙香はその後いろいろ紆余曲折があり、その評価も多様ですが、死んだ時は無一文
に近かったといわれています。今、安芸市の資料館にはボロボロになった涙香のトラ
ンク一個が展示されています。イギリスびいきのエッセイスト、黒岩徹先生はお孫さ
ん。また涙香の兄、四方ノ進は札幌農学校で、クラークの弟子であり、内村鑑三のク
ラスメート。生涯、北海道の大地でアメリカ式の農業に取り組みました。龍馬の見果
てぬ蝦夷地開拓の夢を実現したのは彼かもしれません。歴史は面白い。

 (写真は今日の龍馬誕生地前 秋の観光客で賑わっています。青いジャケットの人
はボランティアの観光案内) ↓

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posted by うんちくウメッチ at 19:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

古本の値 400円が30万円になったお話

 ブログ第1回目に書きましたが、わが土佐の高知には、今や古本屋は街中に老舗の
1軒しかないのです。これは寂しい。

ところで、みなさんはどうでしょうか、僕など
「ふるほんや」と常々インプットされ、「古書店 こしょてん」はいまいちなじみが
ありません。店主のT野とよく通った神田の街も「かんだのふるほんやがい」で、決
して「こしょてんがい」ではありませんでした。「こしょてん」では、どうも敷居が
高く、ちょっと入りにくい・・・そんな気すらします。

 ところで、今日は、僕の持っているもっとも高価な「ふるほん」にまつわるお話。

40年ほど前、僕はカメラに夢中。将来はロバートキャパか、澤田教一の次のピュリッアー
賞はこのおれだとばかりの「カメラ小僧」でした。あの時代、一眼レフを持ち、暗室
で引き伸ばしができることは、今の最先端のITハイテク操作ができるのと同じくらい
の、ちょっと自慢していいことでした(ごめんなさい。今の僕はケータイの写メもで
きませんし、車の免許すら無い超アナログ人間ですが・・・)。
 40年前、南国土佐の古本屋、I書店で手に入れたのが、『にっぽん劇場 写真貼』
(森山大道撮影1968年 室町書房 定価980円)。当時の森山さんはいわゆる
ブレボケ写真で写真誌々上を席捲していた頃ですし、僕たちカメラ小僧もその型破り
の写真表現にうなったものです(時代変わって、今の森山さんは超カリスマになりす
ぎてしまいましたが・・・)。

 さて、I書店のゾッキ棚、値段は400円。そののち、この写真集が手に入れよう
にも、まず不可能な幻の本であることを知りました。なんと、バブルの頃は箱入り新
本に近いものは30万円也!。知って、腰を抜かしました。現在でも10万円以上の
値です。

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 僕など、コレクターでもありませんし、本はあくまで実用、読めればいい程度の人
間です。持ってる本のなかには、この本以外の高値の付く本などありません。そんな
本になっているとは知らず、写真のように、外箱は捨てて無く、ボロボロに近い姿で
す。40年前、ちょっとマセタ高校生は、大事にすることよりも、その写真の凄みに
圧倒されたものです。何度も眺めた証拠のボロボロです。写真に出てくる天井桟敷の
寺山修司など、この本で知ったのかもしれません。


 
posted by うんちくウメッチ at 20:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月23日

「松林誠さん」をご存知でしょうか

T野店主に、早く続きを書けとせっつかれています。

 今日は、地元、高知に住む版画家の松林誠さんを紹介します。

獅子ヶ谷書林のHPをを開く方はきっと平均的な本好きのレベルを超えた方々でしょ
うから、新潮社の季刊誌「考える人」を読まれている方も多いと思います。私も愛読
者です。
そこに山田太一さんが「月日の残像」というエッセーを連載していますが、その「挿
絵」(?)を描いているのが松林さんです。
挿絵というより、連載4ページの1ページを松林さんのリトグラフが占めていますの
で、立派な作品紹介の場となっています。きっと山田太一さんも、松林誠さんの作品
が好きなのではないでしょうか。

 松林さんはずっと、高知で活動しています。15年くらい前、ブラっと入った、いの
町「紙の博物館」で、気になった1枚のリトグラフと出会いました。即、購入予約を
入れたところ、偶然にもその場に松林さんがおり、「生まれて初めて自分の作品を
買ってくれた」のが僕となりました。

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(↑ 写真をクリックすると拡大されます)

 その後、結婚もされ、だんだん作品も知られるようになり、本の装丁などの仕事も
来ているようです。写真の作品は『道』。買い上げ第1号。今、僕の机の前にありま
す、「若い頃、父との葛藤で苦しんだ。それを表現した、しんどい頃の作品」とのこ
と。父上は角川俳句賞を取った松林朝蒼さん。きっと芸術家同士の葛藤があったので
しょう。でもいい作品です。正直な気持ちが表れているように感じます。

 高知と言えば、古くは横山隆一や、やなせたかし、最近のカリスマでは西原理恵子
など、たくさんの漫画家を生んでいますが、版画も盛んで、小口木版の日和崎尊夫さ
んなどすごい作家を生んでいます。(若いころ、高知の居酒屋「とんちゃん」の2階
で、大酒のみのヒワさんがよく大喧嘩しながら酔いつぶれているのを見て、僕など恐
ろしく、身の縮じむおもいをしたものです)

松林さんは破滅、無頼型の生き方とは無縁で、あまりお金も使わず、シンプルな生活
のようです。作品から、それがうかがわれます。高知市内のプチホテルには、全室に
彼の作品が掲げられているところもあるようです。これからも彼の作品を誌上で見る
ことがあるかもしれません。いちど見たら、忘れられない作風です。静かにささやか
に、応援してあげて下さい。

posted by うんちくウメッチ at 20:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月17日

はるか土佐より 「馬房」とならんことを祈っています

まずは自己紹介

「ネット古書店を立ち上げるので、お前もなにか協力せえ」ということになってしまいました。
店主のT野の出版社が倒産した昨夏、僕はその春に、定年まで5年を残して中学教師をやめていましたので、いよいよともに失業者となり、金が許す限り、気ままな時間を楽しみました。

T野は失業中にブログ『獅子ヶ谷酒房』」を立ち上げ、やがて「酒房」が「書林」と変わり、とうとう本気でこのネット書店開業となりました。この不況の今、はたして続くか、僕は本気で心配しています。「酒房」が「書林」となり、最後は「馬房」とならんことを願っています。しかしまあ、ここにいたるまでの、この自由時間は本当に楽しかったです。

僕はその昔、ワープロさえ触れぬ、アナログ人間でしたが(基本は今も変わっていませんし、変えるつもりもありませんが)、これから時々、頼まれたブログを発信します。機械オンチですので、失敗はご容赦願います。

店主T野とは小学6年の時、塾通いで知り合いました。その後、中学、高校、大学と同じです。共に文学部でありながら、T野は仏文、僕は日本史、共に本好き。ここらが二人の共通点でしょうか。身長は彼は180センチにとどこうとする超ノッポ。僕は160センチに足らないチビ。「おれの身長があと20センチ高かったら、人生は変わっただろうに」とコンプレックスを持ちつづけながら、とうとう2人とも中高年(チュウネンというのはいつまでのことでしょうか、間もなく60にとどくわれわれはチュウコウネンか?)を迎えてしまいました。

2人とも高校時代から本好きでした(彼の得意分野は児童文学、フランス文学、T野は卒論がカミュの「異邦人」で、僕は土佐の自由民権運動、僕はどちらかというとサルトルを読んできました)。2人とも、高校時代の面白くない授業では、教科書を立てて隠しながら、その下で文庫本を1週間に数冊読みあげる「自習」につとめたものです。ちょうど、ここに同じブログ『丁稚の東奔西走』を連載するM君などは、英語の学力が抜群で、あの頃から、原書のペーパーバックを寝ころんでゲラゲラ笑いながら読んでいたものです。後年、彼はこうした才脳を伸ばし、プロの翻訳家となり、大学でも教えています。今や、仲間内では一番のお金持ちです。われら2人はちょっと努力の仕方が足りなかったのでしょう。才能の違いは恐ろしい。

そういうことで、この土佐から、たまに本や歴史、もろもろの話題をお送りしたいと思います。今年だけ(?)「龍馬ブーム」でわきあがっているわが土佐ですが、実は今や工業生産額、全国ピり、人口80万に足らない「いなか」です。おまけに土佐人は酒を飲んでも、本は読みません。かつて、東大の京極純一先生(学者を生まないわが郷里から出た土佐人です)は「土佐人はお酒を少し控えて本を読みなさい」とまともな忠告をしてくれましたが、パチンコ屋だけが増え、街の本屋は激減し、古本屋めぐりをしようにも、街中には1軒あるのみ。「めぐり」とはなりません。こんな文化衰退の激しいこの地から、さて、何を書こうかと、早くも困っています。

posted by うんちくウメッチ at 21:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月14日

もうちょっと待ちよって

はいはい津野君
今原稿を構想しています、

悪いようにはせんきに
もうちょっと待ちよってや。
posted by うんちくウメッチ at 21:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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